昇段レポート
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昇段レポート

長野龍生 初段 昇段レポート

昇段レポート 長野龍生

この度は、初段昇段を許していただき、高見総師、高見最高範士に感謝申し上げます。

思えば、 「昇段審査を受けるぞ」と平松師範に言われた時は、最初は正直不安でした。
でも、振り返ってみると、約8年間空手を頑張ってきたので挑戦してみたいと思うようになりました。
まず、昇段審査をめざすにあたり、一番大変だったのは苦手な柔軟体操でした。
だけど、徐々に開脚ができるようになると自信がついてきました。
組手は慣れていたし、体力にも自信があったので大丈夫だろうと思っていました。

ところが、昇段審査の10人組手は、試合や稽古とは違う厳しさでした。
そして、高見最高範士の「残心をとれ」という言葉は、とても胸に響きました。
今思ってみると、僕の組手は、ただ相手を倒せばいい、勝てばいいという組手だったように思います。高見空手において一番大事な<礼節>と<惻隠の情>が、僕には足りなかったんだと気付かせてくださいました。今後は、高見空手の教えを忘れず精進したいと思います。

僕が昇段できたのは、指導してくださった平松師範、廣子師範、わざわざ遠くから教えに来てくださった岡鼻首席師範、金澤師範、そして、練習に付き合ってくれた森松道場生みんなのおかげだと思います。自分一人ではこんなに頑張れなかったと思います。
黒帯の先輩が熱心に教えてくれたり、時には叱ってくれたりと、森松道場はいい人ばかりで、楽しかったからこそ続けられたのだと思っています。
皆さんには感謝の気持ちしかありません。

また、 僕を応援してくれる両親にも感謝しています。道場への送迎や金銭的な負担もしてもらいました。そして、この度の昇段を一緒に喜んでくれています。

最後に、僕を昇段審査挑戦に奮い立たせてくださった平松師範に感謝申し上げます。
ありがとうございました。 押忍。

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濱岡大空 昇段レポート

昇段レポート 濱岡大空

少し遠回りもしましたが、たくさんの方に支えられての13年、ようやくここまで辿り着くことができました。
私は幼い頃から空手に憧れていました。母は猛反対していて、いろいろな他の習い事を見学させられました。でも、私はどれにも興味を持てませんでした。
すると、母は、どうせすぐに逃げ出すだろうと、小学校入学を機に森松道場に入会させてくれました。ひとりっ子の私は、友達や先輩と一緒の稽古がとても楽しみでした。
昇級審査や試合をめざして楽しく頑張りました。
ところが、中学校入学後の私は、少し道を逸れ、義務教育なのに校内へ入れてもらえない生徒になっていました。私は、大切な行事にも参加せず、母に背を向けていました。
そして、道場へも行きづらくなっていました。
その頃の私は、「夢を持つ」とか「一生懸命」という言葉が嫌いでした。

平松伸彦師範、平松廣子師範は、そんな無気力な私を心配し、身勝手な私を見捨てず、
居場所を作って受け入れてくださいました。
無理だと言われていた高校受験は、「何事も諦めない」という師範の教えを守って挑み、
奇跡的に合格することができました。高校では素敵な友達と出会い、短大に進学することもできました。
師範は、とても喜んで褒めてくださいました。稽古を通じて、自分の甘さや弱さを認識し、感謝の心で自分を見つめ直すことができました。

昇段審査では、自身の未熟さを思い知りました。同時に、極限まで挑戦し一生懸命に頑張る姿がこんなにも素敵なのだと改めて知ることができました。

このような素晴らしい機会を与えてくださった高見成昭総師、高見彰最高範士に心より御礼を申し上げます。
また、幼い頃より温かく厳しくご指導くださった平松伸彦師範、平松廣子師範、先輩方、そして、笑顔を絶やさず共に汗を流した森松道場の皆さんへ感謝を申し上げます。今後は、礼儀・恩義を大切に、初心を忘れることなく、諦めない心を持ち続けて精進したいと思います。
最後になりましたが、どんな時にも、私を信じ愛情を注いでくれる母に心から感謝しています。

押忍

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昇段レポ-ト 久枝 弘幸 初段

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空手道 高見空手 森松道場

久枝 弘幸 初段

 入門から17年、一級に昇級して11年の時を経てこのたび昇段試験を受審させていただき、先日最高範士より初段の合格通知をいただくことができました。

 改めて年数を確認すると、一級昇級後に長い間足踏みしていたことがよくわかります。
 仕事が多忙な部署への転勤になったこと、結婚、子供の誕生など家庭環境が大きく変化したなど、言い訳はいくらでも上げることはできます。
 しかし、今考えると、一級の昇級審査、特に五人組手が散々な出来であったことから、一級にはなれたものの次の目標とすべき「初段」への道のりは暗く遠く、そこに歩き始めようにも足をどこへ踏み出せばよいのか分からず、その場に立ち竦むような状態に陥っていた事が最大の原因でした。
 昇級後しばらく成長が見えない自分自身に苛立ち、数年ほど道場に足が向かない時期がありました。

 そのような中、今から6年前、宇和島市の下波に転勤したのがきっかけになり、眞田一治師範の下波道場へ移籍し稽古を再スタートすることになりました。
 自身の稽古と同時に眞田師範のもと、道場生の指導をお手伝いさせて頂く中で自分なりの「黒帯像」を考えるようになりました。
 おぼろげながら「初段」への道筋が見えてきて、少しずつ初段に向けて歩みを進めることができるようになりました。

 その後、転勤に伴い3年前からは松山市内の森松道場に移籍し、平松伸彦師範のもと本格的に「初段」に向けて稽古を進めることになりました。
 大極と平安以外の型をほとんど知らなかった事と「極真愛媛で一番身体の硬い茶帯」と言われるほど苦手だった開脚の柔軟には大変時間をかけて頂きました。
 人気の鍼灸院を経営されながら、道場もされて大変お忙しい中、ご指導頂いた平松師範、廣子師範のおかげで何とか昇段審査にこぎつけることができました。

 合格通知をいただいた今、黒帯になる喜びよりも、諸先輩方のような立派な黒帯になれるのか不安の方が大きいですが、高見空手の発展に微力ながら貢献できるよう、精進を続けて行きたいと思います。

 さて、転勤族の私は入門以来4ヵ所の道場にお世話になりました。
 このおかげで多くの先生方、先輩方のご指導を受けることができたのは、私の大きな「財産」になっております。

 高見総師や高見最高範士に於かれましては含蓄あるお言葉でのご指導が私の成長には欠かせないものとなっております。

 平松伸彦師範、廣子師範、本馬師範代、村瀬師範代には日頃から親身になってご指導頂きました。
 特に昇段審査に向けた、私の「苦手克服練習計画」に一緒にお付き合い頂き感謝の念に堪えません。

 また、しばらく空手から離れていた私を引き戻して頂いた眞田師範、四国本部道場時代によく相談に乗って頂いた中里師範、久保田師範代、白帯の時に丁寧にご指導頂き今でも声を掛けてくださる石川師範にも厚くお礼申し上げます。

 最後に、空手と言う武道の入口で、私に空手のイロハを教えていただき、私が黒帯になることを楽しみにしておられた故長谷川忍師範代に「黒帯姿」を見て頂くことが出来なかったことに深くお詫び申し上げます。
 空手道の入口で長谷川師範代に教わったイロハがあったればこそ、今の私があります。ありがとうございました 押忍。

 

昇段レポ-ト 立花 優里子 初段

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高見空手 立花 優里子 初段

 

私が空手を始めたのは小学校一年生の時でした。

 その頃、同じ森松道場のある公民館でやっていた塾に通っていました。
 森松道場は塾の隣の部屋にあり、塾帰りにチラッと見た空手の華麗さにときめき、ドアの外に居 座って観ていました。   
 座っていると通りかかった道衣姿の人が頭をなでてくれました。
 その優しさと恰好良さと華麗さに惹かれ、塾を辞めて空手をはじめました。

 初めは友人も年の近い子も居たので皆で楽しく遊んでいる感覚でした。
 しばらくすると、空手を習っているから「自分は強い」などと錯覚してしまいました。
 しかし、学年が上がり、級が上がるにつれ稽古を通じて自分の弱さを痛感するようになってきました。

私は空手を始めて十一年になりますが、正直、空手を辞めようかと迷った時期もありました。
 小学四年生の時に右腕を骨折してしまい、この機会に辞めようかとも思いましたが、不思議なことに休めば休むほど、逆に体がウズウズして「空手がしたいから早く治りますように」と祈る気持ちが強くなりました。
 その時に、やっぱり私は空手が好きなんだと確信しました。

 中学生になり美術部に入ったため、帰宅が遅くなり稽古に遅れることや休むことが多くなりました。
 そんな中でも工夫することで、年々、稽古を休む回数は減りました。

 高校一年生の時に、足の靭帯を切るケガをしました。
 その時も休まず、道場へ行き稽古を見学しました。
 今では、遅れても必ず稽古に行くようになりました。

 私が二級に昇級した時は、まだ昇段の事は考えていませんでした。
 それどころか、私は二級に満足していました。
 
 そんな時、父から「黒帯を取るんやないんか」と強く言われました。
 それでも、最初は私なんかが「初段」を受けることが出来るのかと思っていました。

 父との会話を平松師範と廣子師範に相談すると「頑張れば受けれるよ」と仰っていただき、その言葉に本気で「初段」をめざすことを決意しました。

 昇段審査を意識しての稽古のはじまりです。
 最初に来た難問が柔軟です。とても体が硬く柔軟体操に苦しんでいる私に、廣子師範が効率の良いストレッチの方法を教えてくださいました、すると、あっという間に開脚してあごが床につくまで柔軟性が高まりました。
 おかげ様で苦手を克服でき、審査の日が迎えられました。

 昇段審査が終了した今、ご指導頂いた師範、先生方に感謝すると同時に自分はまだまだ力不足なことに気付きました。

 後日、合格通知を頂いた時に平松師範から「もらった帯に相応しい人になるため、これから努力すればいいんだよ」と仰っていただきました。
 いただいた言葉を大切に、帯に恥じないようにこれからも努力を続けたいと思います。

 最後に、黒帯をお許しいただきました高見総師と高見最高範士に感謝申し上げます。
 また、時に優しく、時に厳しくご指導くださった平松伸彦師範、平松廣子師範、たくさんのご指導をいただいた先輩方、共に稽古に励んだ道場の皆様、一緒に昇段審査を受けられた久枝さん有難うございました。
 そして私が空手を習うことを許して応援してくれた家族に感謝申し上げます。
 これからの稽古を、初心を忘れずに励みたいと思います。

 ありがとうございました。 押 忍

 

2011年12月11日 昇段審査 <生田早苗&生田海斗>

.2011年12月11日の昇段審査で、見事生田早苗と生田海斗の親子が、初段となりました。

<生田早苗初段の昇段レポート>

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<生田海斗初段の昇段レポート>

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2010年12月5日 昇段審査 村瀬宏之 大上源太

.2010年12月5日の昇段しんさで見事、初段となりました。

<村瀬宏之の昇段レポート>

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<大上源太の昇段レポ-ト>

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2006年12月3日 昇段審査 酒井美代子

・2006年12月3日の昇段審査で、見事初段となりました。以下が美代ちゃんの昇段レポートです。

<昇段レポ-ト>

・私が初めて極真空手入門したのは、高校一年生の春でした。近所に住む友人が、近くに空手道場があるから一度見学にいってみようと誘ってくれたのが始まりです。道場見学で、今まで見た事のない光景を目の当たりにし、体の中が熱くなり、両親に相談する前に即入門したあの日の事を今も鮮明に憶えています。

運動神経の良い友人は、どんどん上達していく一方、不器用な私はなかなか上達せず、動きについていくのが精一杯。そんな時、先輩に「自分は、自分。必ず出来るようになるから」とご指導いただきました。しばらくして、友人はやめてしまいましたが、私は大好きな空手を続けていきたい一心で稽古に励みました。

空手一筋の高校3年間が、あっという間に過ぎ、県外への進学後、Uターンして松山で就職をしたものの、空手を続けていくことが困難となり退会してしまいましたが、空手をしたいという思いはいつも心の隅にありました。

その後結婚し二児の母となり、小学生になった長男の入門をきっかけに、私の奥底にねむっていた空手に対する思いが瞬く間に込み上げてきて、ついに10年の歳月を経て、再びあの森松道場で一から始めることができました。

高見成昭本部長から、「よく戻ってきたね。頑張るんだよ」と、お言葉を掛けて頂いた時には、感激で胸がいっぱいになりました。

それから今日までの6年間、礼儀・基本・型・組手など多くの事を学びました。途中で「このままの帯でいい」と思っていた時もありましたが、向上心を持ち続ける事が、さらなる自己の成長へとつながるのだとご指導いただき、一歩一歩前へ進んでいく事ができました。

そしてそれは、決して一人の力ではなく、多くの方々の励まし支えがあったからであると確信しております。

この度の昇段審査に際しましては、高見成昭本部長、高見彰支部長、森松道場平松伸彦分支部長、平松廣子指導員、諸先輩方、道場生の皆さま、そして、いつも「いってらっしゃい」と気持ち良く送り出してくれる家族に、心から感謝いたしております。

極真の黒帯に誇りを持ち、今のこの気持ちを忘れず、常に向上心を持って極真の大道を歩んでいきたいと思います。

                                                 押忍